松島塾
松島を愛する人のための教科書
おくのほそ道を歩く

俳諧の発句と俳句について
 和歌(短歌)は5.7.5.77の三十一文字で歌を詠む。

  その5.7.5の発句の部分を独立させたのが俳諧の発句である。


  俳句という呼び方は正岡子規が明治になってから提唱したもので江戸時代には俳諧の発句とよんでいる。

  だから厳密にいえば芭蕉は俳句をつくっていないという人もいる。

 しかし形式として5.7.5で表すものを俳句と呼ぶとすれば芭蕉の句は最も優れた俳句である

「おくのほそ道」の書名表記
 芭蕉の生きた江戸時代の人々は、「書名表記」を一つに定めるものとは考えていなかった。

  「おくのほそ道」の他に「奥の細道」、奥細道、奥之細道、奥のほそ道、奥能細道、奥廼細美知などと表記されている。


  現在、作品名としては「奥の細道」が一般的になっている。しかし、芭蕉自身は仮名書きが好きで、素龍浄書本の表書きには芭蕉自身の手で「おくのほそ道」と書いている。

 江戸時代の人々は、表記については、あまりこだわらず「音」が合っていればそれでよいという考え方が一般的だった。



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おくのほそ道を歩く
おくのほそ道を歩く]

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