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ベトナム見聞録

ベトナム紹介
【1】 国名
・・・ベトナム社会主義共和国 SOCIALIST REPUBLIC OF VIETNAM

【2】 面積
・・・33.2万平方キロメートル(日本は37、8万平方キロメートル)

【3】 気候
・・・南北ベトナムを分断していたラインが北緯17度であることでも分かるように熱帯に属する。気候はモンスーン(季節風)によって左右される。原則的に夏は雨期で、冬が乾期になる。しかし、海沿いの地方では冬であっても雨は多い。

【4】 地形
・・・南ベトナムの東側にはアンナン(安南)山脈が走っており、モンスーンの吹き具合により、その年の降水量が決定される。南ベトナムの首都であったサイゴン(現在のホーチミン市)では、年間雨量2000ミリを越えている。雨のほとんどは5月から11月の間にふっているから、この国の夏は長い。乾期の中心は2月でこの月に雨の降ることはまれである。また乾期は12月から4月となっている。夏・冬というのは暦の上でのことであって、気温は年間を通じて26度から32度である。北のハノイは1年を通じて曇天が多く、冬は気温が10度くらいまで下がることがある。

【5】 人口
・・・7454、5万人(人口密度 225人/平方キロ)

【6】 宗教
・・・仏教80%(大乗仏教)カトリックなど。 北ベトナムは社会主義国であったので表面的には宗教は存在しなかった。南では、仏教は、一般市民・労働者であり、カトリックは、上流階級・政府指導者層であった。信仰の自由は認められている。寺院仏閣などや文化遺産の保護・僧侶・聖職者の生活保障は、生活の向上とともに保障されてきているが、文化遺産の保護に関しては、国家が力を入れだしている。僧侶は厳しい戒律を守って修行し一生結婚しない。生活は質素でまじめである。国民から信頼されている。ベトナム戦争のころアメリカの行為を非難し抗議してガソリンをかぶり焼身自殺した僧侶もいた。少年僧がわれわれが見学している間寺の門の前に無言でじっと立っていた。まだ遊びたい年頃にすでに厳しい修行をしている顔をしていた。
仏教が信仰され、儒教道徳がゆきわたっている。加えて道教の教えが生活の中にある。日常生活の節目には祖先崇拝やアニミズム、迷信にも心を動かす。日本にも同じような精神環境がある。伝統的な風習も宗教的信仰と慣習が混合している。1980年に信仰の自由が法的に認められ、1981年憲法で保障されたが実質的には1986年のドイモイ政策開始によって自由が本格的になった。それ以前は、宗教活動は、制限されたり禁止されることがあった。 僧侶は妻帯せず、戒律に従って修行し、民衆から尊敬されている。大乗仏教が主で阿弥陀様や観音様が祀られている。仏像は金ぴかで光背も光り輝くネオンサインのような装置がついている。僧侶は高い学問を身につけ、民衆に学問を授ける。病気を癒し貧しい人々を助ける。孤児やホームレスの子供を引き取って育てるのも僧や尼僧の仕事になっている。僧籍を離れて還俗すれば結婚できる。
 仏教施設は、どこでも訪問者を歓迎する。喜捨は寺院の維持費になる。統一仏教会系の寺院に行くだけで「公安に目をつけられるから注意」という。
「ホオハオ教」・・・ホオハオ教は、1937年フィン・フー・ソーによって開宗されたが彼はフランス人の間では、狂僧として知られた人物であった。「直接仏に祈ることが大切で僧や仏像は必要ない」という考えで政治的にも軍事的にも過激であった。1947年教祖のフィン・フー・ソーが暗殺されて教団活動も禁止され、教団は反共色を強めた。現在も150万人の信者がいるという。

「キリスト教」・・・16世紀にスペイン人・ポルトガル人・フランス人宣教師がやってきてカトリックを布教した。カトリック信者は、人口の約5%(公称360万人)。カトリック信者は時代の政治に左右されてきた。ベトナムのカトリックの宣教は、フランスの侵略と結びついたためフランス撤退後は、信者は激しい迫害を受けた。北ベトナムに共産党政権ができた1945年以降、多数の信者が南部に逃れたが、その多くは、現在、ホーチミン市の周辺地域に集まって暮らしている。 プロテスタントは、1911年に伝わったが信者は30万人と少ない。中部高地の山岳民族とアメリカの影響を受けた少数の南部の人々が主だという。

「イスラム教」・・・イスラム教(ムスリム)は、全人口の約0.5%、そのほとんどがクメール人あるいはチャム人。イスラム教は、アラブ商人と共にこの国に入ってきた。ベトナムのイスラム教はアニミズムやヒンズー教と混合して純粋さが薄れている。

「カオダイ教」・・・1920年代に発展した新興宗教。開祖は、レ・バン・チュン。最高神は、カオダイ。仏教・儒教・道教・キリスト教・イスラム教・祖先崇拝など土着信仰もまじっている。聖人としてジャンヌ・ダルク、パスツール、ヴィクトルユーゴー、ナポレオンなどが列挙されている。教壇のシンボルは、陽光に囲まれたひとつの眼(天眼)。眼は、左眼である。神の光は、全宇宙を照らし、神の目は、万物を見通す。この天眼(てんげん)の下に釈迦、老子、孔子、キリストが祀られている。世界の様々な宗教を信じている人たちは、ひとつの教えに帰着するとする。人の進化、人から仏になる道の修行のきまりを5段階に分けた。はじめは、人道・神道・聖堂・仙道・最後に仏道である。これが終わって解脱する。この道はただひとつ「一本の正道を通れば邪道に迷わない」という。信者数は約200万人、ホーチミン市の北西タイニン省に聖堂がある。

「占い・精霊・魔力」・・・護符を大事にし、星占い、土占い、数占いを信じ天界の星が一生のなりゆきを決定すると信じている。呪術も広く行われ、ビジネスや恋愛なども霊媒に頼んで願いが成就するよう助けてもらう。

【7】 平均寿命
・・・男  62.9歳 、 女  67.3歳
ベトナム男性は定年をすぎるとすぐ死ぬ人が多い。60歳になるとよぼよぼになっているという。

【8】 非識字率
・・・6.3 %

【9】 首都
・・・ハノイ(人口250万人)

【10】 ホー・チ・ミン市HO CHI MINH:SGN
*ベトナム南部に位置し、1976年に南北統一され、特別市に制定された。人口500万人以上の商業都市。フランス、アメリカの影響を強く受けている。現在進行形の都市で、良くも悪くもこれからの都市である。古い歴史と新しい政策の中でもがきながら成長している。

*ストリートチルドレンと乞食、物売りがやたらと多い。断固「ノー」の意志を示すしかないのが悲しいと「あるベトナム中国訪問記」の作者鈴木元氏は書いている。乞食だけでなく、売り子もしつこく売りに来て断ると「昼ご飯を食べる金がないの で3000ドン(日本円で30円くらい)くれ」とたかってくる。

*商社勤務の日本人・・・在留日本人男性は、何のこだわりもなく「現地妻」と称する女性を同伴している人が多いという。日本円で月2万円ぐらい支払い同居しているという。ベトナムの公務員の賃金は月5000円くらいである。しかし、一家4人がまともな暮らしをしようとすると月2万から3万円かかる。教師を含めほとんどの人がアルバイトをしているという。

【11】 言語
・・・ベトナム語、70年に及ぶフランス支配の影響で都市ではフランス語も使われている。高齢者は流暢なフランス語を話す人たちがいるが、フランス語は若者たちの間では人気がない。フランス人は現在ベトナムに来たがらない傾向がある。南では、1960年以降米軍が入り、経済的にも大きな影響を与え、英語が重要視されている。1975年アメリカに勝利し、これを追い出した。しかし、英語は国際語として重視されている。日本語を学ぶ若者も増えている。

【12】 住民
・・・ベトナム人(キン族)が90%、他に60の少数民族、中国系3% 大部分の人は、アンナン人と呼ばれる民族で、一般的には東南アジア人種。山岳民族としてはムオン、ヤオなどと呼ばれる人たちがいる。その他ミャオ族や北部のチャオ族などの少数民族が200万人ほどいる。同じ人種でも南の人々は陽気で、開放的であり、北の人々は明らかに暗く閉鎖的である。キン族とは、京(キン)族であり、自分たちは京人(都人)であるという。いわゆるベトナムにおける中華意識のあらわれともいえる。

【13】 時差
・・・−2時間

【14】 通貨
・・・1ドン(VND)=100スー/10ハオ 1ドン=0.01円(100ドン=1円)(2002年10月17日現在)
*ドルが通用する。1ドル紙幣をもっていると良い。大きなドル紙幣はお釣りがないので使えない。カードが使えるのは大都市だけで、田舎に行けばカードは使えない。両替も大都市以外では難しいから、小銭を常にもっていることが望ましい。

【15】 営業時間
官庁 月〜金 8:00〜12:00 15:00〜19:00
銀行 月〜金 8:00〜16:30 土 8:00〜12:00
商店 月〜日 7:30〜12:00 13:00〜16:30

【16】 電圧、周波数
・・・220v、50HZ

【17】 日本宛郵便料金
・・・はがき6000ドン、 封書 20グラムまで0.58米ドル

【18】 土産品
・・・民芸品、布製品、漆器

【19】 12月の気温
・・・24度〜28度  ホーチミン市では34度であったが、翌日ベトナム中部に行くと16度だった。北のハノイでは12度だという。

【20】 12月の服装
・・・夏服・半袖シャツ  南北に移動するときには急に暑くなったり、寒くなったりするので長袖のシャツや歓談の調節のできるものを準備しておくことが望ましい。

【21】 飲料水
・・・水道水は飲めない。(生水は、日本人は腹を下す人が多い。)現地の人も水は一度沸騰させてから飲んでいるという。ミネラルウオーターを買って飲むこと(氷も避けた方がよい、氷は生水を凍らせた場合が多い。)

【22】 タクシー
・・・基本料金 最初の2キロ 12000ドン 以後、1キロごとに6000ドン

【23】 *チップ
原則として不要 ポーター、ルームメイド 1米ドル(10000ドン)が目安(1ドル紙幣を準備しておくと良い)

【24】 ベトナム人の名前
・・・姓と列と名前から成り立っている。姓が先で名が後になる。同姓の人が多い。特に「グエン」や「レ」が多い。列字は、性別や出生の順番などによってつけられる言葉が決まっている。男性は「バン」が多い。女性は「チ」。「バン」は学問を表す。「チ」は氏という意味。女性は結婚しても姓を変えない。産まれた子どもは、父親の姓を名乗る。同姓の結婚は許されない。
美しい名前は子供を幸せにすると信じられている。スアン(春)、トウー(秋)、ミン(輝き)、フック(幸福)、ホン(ばら)、チン(乙女)。生まれの干支にちなんだ名前もある。蛇年(テイ・蛇)、丑年(スー・水牛)。
子供は父親の姓を受け継ぐ。1975年までは、女性は夫の家の姓に変えたが、今は結婚しても女性はもとの性のままでよい。

【25】 結婚
・・・男性20歳、女性18歳以上で法的に認められる。
高学歴になると経済的に安定してから結婚する傾向が強く、男31歳、女27歳くらいが平均的結婚年齢になっている。農村では結婚年齢は低い。

【26】 医療
・・・つい最近まで広範囲にわたって無料で手厚い医療が受けられた。都市と同じようにたいていの農村でも医師・看護婦・助産婦に見てもらうことができた。ところが現在では医療が有料化された。居住地の当局から証明書を発行された貧困者は支払いが免除されるものの、かつてのように誰もが良質の医療をうけられるというわけではなくなった。医療機器は古く時代遅れで過去には充分な研修を受けていた医師も最新の医療技術を学習する機会に恵まれずに医療知識も昔のままであるという。国営の医療機関に勤める医師の給料は公務員として教員と同じく大変安いため大勢の医師がやむなく個人で開業している。家族が入院すると家族のものが付き添って食事の世話をし必要な処置の費用を負担しなければならない。

【27】 ベトナムの交通事情
・・・公安警察はしっかりやっているが、交通警察は不正をやっているという。交通警察官は賃金が安いので自力で現金収入をうる。その方法は、バイクの乗っている人を検問にかけて免許証の提示を求める。すると5人に一人くらいしか免許を持っていない。ほとんどが無免許である。無免許だと罰金を取られた上にバイクに乗れなくなる。交通警察が正式な手続きをとる前に罰金の半額くらいを握らせて見逃してもらう。交通警察官も心得たもので一般的な注意をして現金を懐にして見のがす。つかまった人も警察官も両方得をするのだという。ヘルメットも義務付けをしたところ住民から反対が強くていったん議会で決めたが、これを撤回したのだという。しかし、今ではヘルメットをかぶるように指導され規則でもかぶるように指導されている。しかし、誰もこれを守らない。バイクの3人乗りも大人3人は違反なのだという。大人二人に子供ひとりの3人乗りは許されている。バイクしか交通手段がないところが多いので3人乗りも大目に見ている。鉄道やバスをもっと整備しないとバイクの数は減らない。道路の拡張計画だけはかなりの勢いで進んでいる。



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ベトナム見聞録
はじめに
1日目(ホーチミン市)
  ┣ ホーチミン市紹介
  ┗ ホーチミン市の交通事情
2日目
  ┣ クチのトンネル
  ┗ クチのトンネルについて
3日目
  ┗ 午後 ホイアン市内視察
4日目
  ┗ 古都「フエ」へ
5日目
  ┗ フエ郊外地区研修へ
6日目
7日目・資料
  ┗ 「ベトナムの見所聞き所」
ベトナム紹介
  ┣ 「ベトナムの分断はなぜ起こったか」
  ┗ 「インドシナ半島について」
ベトナムの歴史・建国神話
  ┗ 参考文献

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