松島塾
松島を愛する人のための教科書
ベトナム見聞録

7日目
7日目…2002年12月30日(月)
   OZ362(ASIANA)    OZ152(ASIANA)
ホーチミン ―――――― 仁川 ――――――― 仙台
出発01:00(5時間) 到着08:00(2時間10分) 到着12:30
              出発10:20
*ホーチミン市から仁川まで、上の時刻で計算すると7時間になるが、ホーチミン時刻にすれば、仁川の8時は6時である。時差が2時間ある。したがって所要時間は5時間になる。
(朝食)機内食

(着後)解散

資料
「ベトナム旅行について」
***「ベトナムを理解するためには、最初にハノイに行った方が良い」という解説がある。その理由は、ホーチミン市はアメリカ文化に染まっており、「ベトナムそのものの風情を感ずるにはハノイから入った方がドラマチックだ」というのである。
 しかし今回は、6泊7日なので、時間的に余裕がない。したがって、ハノイには行けない。ドイモイ政策による変化を見ようとすれば、ホーチミン市周辺を見ることを欠かせない。日本との古い時代の関わりを見ようとすれば、ベトナムの中部は魅力的である。

「ベトナムの現状」【見たまま聞いたまま】
○農村から都市への急激な人口移動、特にホーチミン市への集中は、都市の生活基盤設備への大きな圧力となっている。
○道路の拡幅工事などを急いでいるが、バイク・自転車が急激にふえ、とくにバイクは異常にふえている。バスや列車・地下鉄・モノレールなどの整備がなかなかできない。交通事故が激増している。
○無料だった初等教育費が有料となり、町のストリートにたむろする貧しい子供たち(ストリートチルドレン)は学校に行けない状況がある。彼らの多くは農村から「生きるため」に都市に流れてくる。農村の貧しさに耐えかねて都市に流れる。しかし、都市に行っても行政区の中に住所がないので保護の対象にもならない。
○西洋流のビジネス慣行の基礎知識に欠けるため、ほかの国以上に詳細なトレーニングプログラムが必要になる。
○外国企業にとって将来のプロジェクトのコストや収益計算を非常に予測しがたくさせている。ベトナム戦争の後遺症ともいえる肉体的精神的重圧により男性が命を落としたり、男女の人口比の均衡を失ったままである。また男性がまともに働く仕事がなくブラブラしている傾向が今なお残っている。
○戦争で手足を失った人、精神的障害を抱えている人、生物化学兵器の使用による異常出生児などが医療現場に重い負担になっている。
○一部の失業者が無力化し乞食化が進んでいる。
○統一後に行われた職業選択の方法や高等教育を受けられる選考基準に対する恨みつらみがある。ベトナム戦争後、共産党による「再教育」及び南の政府の協力者だったのではないかという人間に対する密かな監視などが外国人との交友にも深い影を落とす。公安が私服で配置されており、外国人がベトナムに来るのは比較的自由だが、ベトナム人が日本に行くことなどは、受け入れ側の保証などがないとなかなか出ることができないという。
○家族の事を聞くと父は離婚してアメリカにいるという人に出会う。革命は勝者と敗者を作り、敗者は国外に脱出する。南の政府側の人やブルジョア、知識人は、逮捕され、収容所送りになった。それがいやだと思う人はボートピープルとなって国外へ逃れた。家族に累を及ぼさないために、父は離婚した。しかし、時がすぎれば、それぞれの関係は薄らぎ、新しい生活が始まる。アメリカにわたった父は、そこで新しい家族を持った。だから私はアメリカに行きたいとは思わないと息子は言う。
○南部の人々やベトナム戦争経験者は経歴について語りたがらない。ベトナムでは、その経歴によってすべてが決まってしまうことが今でもあるという。
○戦争によってベトナムの人々に世代間ギャップを生み出している。 越僑(ベトキョウ)とよばれるベトナム国籍をすてて海外で他国籍を取得して経済活動をしている。ベトナム人が、アメリカ・カナダ・フランス・オーストリアに移住した。故国に残った一族と強い絆を保ち経済活動に必要な親戚縁者の手ずるを持っている。彼らが家族や友人に現金または物品をベトナムに送り込む家族集団の経済力にベトナム政府は一目置き始めているが、彼らを信用しないベトナム人もいる。ここが複雑なところである。ボートピープルとなった人々は、必死の努力で出国しながら、目的国から居住を拒否された人々が10万人を越すという。1992年11月までに7万3000人が、帰国したがインドネシアなどに残留している人々もいるという。この人々は、越僑とは別の人々である。
○何事も先祖のおかげという考えがあって死者が葬られている一族の土地に執着してきたが、市場経済の発達に伴い急激に年長者尊重の伝統が損なわれつつある。
○儒教道徳により女性は初夜を処女のままで迎えることが重視されてきたが、ベトナム戦争後、西洋流の考え方が入ってきて若者たちは因習に従がわなくなってきた。
○男の浮気、売春は「男の甲斐性」であまり問題にされないが、妻はあくまでも夫に誠実であることが要求されている傾向が今もあるという。
○未婚の子供を持ったりすると未婚の母は、社会に受け入れられないばかりか、家族からも追い出されることがある。仕事を見つけることは難しい。しかし、1993年以降は、法律上は、出生証明書に父親の姓名を表示しなくてもよいことになった。現在は、離婚も容認され妻の側からも離婚請求できるようになった。
○ベトナムでは結婚しないこと、子供がいないことは、悲劇と考えられてきた。子供は多ければ多いほどがよいと考えられてきたが、人口増加を抑制するため政府は「子供は二人まで」と規制している。
○家を継ぐのは男だと考えてきたので、二人っ子政策は難しい。男子が生まれないと先祖を祀る祭壇を守り、死後の菩提を弔ってくれるものがなくなると考えている。
○子供は一生懸命働くものとして育てられている。小さいときから家事を手伝わせ、男子も女子も料理や掃除をし、幼い弟や妹の世話をする。
○幼児のしつけは、年長の男子の責任で、弟や妹の宿題を見てやるのも長子の役割になる。
○長男は、家族全員の面倒をみ、年老いた両親の面倒を見ることは当然であり、先祖を祀るものとされている。ほかの兄弟姉妹も老齢の両親のためにはお金を出し合って援助する。

ベトナムの自主独立思想・・・ベトナム戦争当時、中国の毛沢東は、ベトナムに対し「アメリカのような巨大な国と戦って勝てるはずがない。だから今は、北のほうを固めて、徐々に力をつけていけばいいのでないか」とアドバイスした。これに対し、ホーチミンはきっぱりと反論した。「ベトナムは南と北が統一して初めてベトナムです」こういって決して南北統一戦線の人々と心をひとつにして戦い続けることができた。南の人々もホーチミンを心から信頼していた。ホーチミンも決して南の人々を見放さなかった。ホーおじさんは、国民に慕われ信頼されていた。「決して揺らぐことのない統一への信念・アメリカにもソ連にも中国にも屈しない不屈の闘志」を持ち続けた。それは、ホーおじさん個人というよりはベトナム人民一人一人の心であった。その心がひとつになったから南北統一もベトナムの独立もかちとることができた。しかし、そのためにたくさんの犠牲者を出した。このことについてベトナムでは、アメリカ人もたくさんの犠牲者を出したと語る。そして、アメリカ国内にも世界中にもたくさんのベトナムを支援してくれる人がいた。クリントン大統領も青年時代ベトナム反戦を行いイギリスに留学した。クリントンは、ベトナムに来てベトナム戦争のことを謝罪した。アメリカというところは、そのような人々のいる国である。しかし、今のブッシュは、親子とも悪いアメリカの代表だという。アメリカはすばらしい国でもあり、どうしようもないところもある国だ。この国とは今後仲良くしていかなければならない。ベトナムは自分たちの意見をはっきり主張してアメリカとつきあう。それがベトナムの方針だという。

南ベトナムの男たち・・・ベトナムは男尊女卑の考え方がまだまだ根深く残っている。南ベトナムの男たちは、ぶらぶらしている人たちが多い。働くのは女たちで家計を守っているのは6割方は、女性だという。人民のために戦う南ベトナム兵士のイメージはいっぺんに崩れ日本のやくざのヒモ生活が頭に浮かんでしまう。現実は、ベトナム男性にとって厳しい。目を輝かせてできる仕事が見つからないこともあるが、長い間の戦争が男たちをぶらぶらさせたのだとも言う。男たちは戦争当時いつ死ぬかわからない状況におかれてきた。したがって生の瞬間を少しでも楽しむ習慣を身につけた。ぶらぶらするのはその名残だという。
ベトナムの男たちが目を輝かせるのは、バイクである。それも日本製の本田のバイクが人気なのだという。ホンダのバイクはベトナム人の3年分の賃金に値する。
ベトナムでは、ホンダとは日本製のすべてのバイクの呼称だという。鈴木のバイクもヤマハのバイクもホンダとよばれる。

○ベトナムと日本の類似点・・・ベトナムのガイドは日本とベトナムは似ているという。第1に、モンゴル軍を撃退したのは、ベトナムと日本だけだという。日本は神風が吹いて船が沈没した。しかし、ベトナムは、将軍と国王の知恵でモンゴル軍を破った。第2に日本は世界の大国ロシアに勝った。ベトナムは超大国アメリカに勝った。日本はアメリカと仲が良い。ベトナムはロシアと仲が良い。これもなにかのめぐりあわせかもしれない。

ホーチミンライダー・・・ベトナムの人々の憧れは、日本製のホンダ(バイク)を買うことである。月収8000円で20万円のバイクを買う。中古やまがい物も多いという。このバイクに乗って夜な夜な走り回る。一人で静かに走るのではなく、二人乗り三人乗りで走る。さらにみんなでツーリングをする。いわゆるつるんでゴーゴー走る。夜の街を煌々とライトをつけて走る。街灯は道路を明るく照らしている。きらめくライトの渦の中を走り回ると熱帯の夜では涼しくて気持ちがよいのだという。彼らは暴走族ではない。暴走も爆走もしない。ただもくもくとは知り、ゴーゴーと走り回るだけなのだ。「ホーチミンの子」(ベトナムっ子)の夢は、ホンダドリーム号を買って町の中を走ることなのだ。マスク、サングラスをつけ、帽子をかぶって女性はまるでギャングのように顔をすっぽり隠している。女性の多くはひじまですっぽり隠れる手袋をしている。ストリートチルドレンについて・・・都市部には学校に行っていない路上生活をしているストリートチルドレンがいる。農村から出てきて働いているのだという。都市部の子供たちや農村でも豊かな地域の子供たちは一生懸命勉強している。ところが貧しさのために学校にも行けない子供たちが「物売り」をし、「乞食」をしている。学校は「誇り」を教える。仲間がいる。「未来」を語る教師がいる。ストリートチルドレンには明日が見えない。はだしで「お金をくれ」と請求する。「誇りを捨てる」ことによって生き抜く。ストリートチルドレンの増加の問題は深刻である。子供が貧しいのは子ども自身の責任ではない。社会問題である。

ペット・・・ベトナムでは、ペットとして猫を飼う人はあまりいない。ペットといえばこの国では小鳥だという。犬は放し飼いにされていて番犬が多い。真っ黒い中型犬が多い。かつて日本向けのペット犬を飼育したことがあったが今はやめている。なぜなら、子犬を中国から買ってきて育てたところ小さいときは真っ黒だったはずの子犬が大きくなってくるにしたがって毛の生え際から白くなり始め大きくなったら毛は全部白くなってしまった。毛は黒く染められていたことが後でわかった。そのため大損したことがあり、それからは日本向けの犬の飼育はやめた。その代わりもっぱらヨーロッパ向けの大型犬を飼育しているという。ドイツにはドーベルマンを輸出する。ベトナムでは、鶏や豚を農家の庭で飼っている。池には数百羽のアヒルが泳いでいる。飼育しているのだという。農業用水の川に放し飼いにされており集団で大移動する。アヒル番がのんびりアヒルと一緒に移動している。

人間の13段階の話・・・かつてベトナムでは、南北統一以前、対米戦争終結までに何をしていたかによって人を13段階に分けたという。一番高いのは「北」の政府側の人、それと北とともに戦った人。逆に低いのは、南側の政府にいた人、ブルジョア、知識人である。この段階は、その人だけでなく次の世代にまで及んでいるという。「黒い履歴書」と呼ばれている。低いランクにいる人はどんなに成績がよくても大学や専門学校に行けなかった時期もあった。当然よい就職口もない。書類審査の段階ではねられる。その後13段階が3段階に緩められた。その幅については部外者にはわからなくなっている。2002年12月では、ドイモイ政策以来大きく変化しているという。しかし底に流れているものはすぐなくなることはないという。

アオザイ・・・ベトナムの女性は骨格からいって細い。アオザイがよく似合うスタイルになっている。太っている人はほとんどいない。お尻が細い。ベトナムの女性は小さいときからアオザイの似合う女性になるように特訓を受け続けて育つ。ベトナム料理には脂っこいものは少ない。野菜や果物が豊富にある。しなやかな美人になる環境がそろっている。アオザイは一人一人オーダーで作る。体にぴったりでしっかりラインが出る。色っぽいともいわれるゆえんである。上着の両サイドがわきの下まで切れ上がり、パンツを着たウェストと切れ込みの間の小さな三角形から肌がちらりと見える。背中までたれる長い黒髪の上にベトナム菅笠をかぶると絵になる。白のアオザイは女子高校生、自転車に乗って颯爽と走り抜けていく。



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ベトナム見聞録
はじめに
1日目(ホーチミン市)
  ┣ ホーチミン市紹介
  ┗ ホーチミン市の交通事情
2日目
  ┣ クチのトンネル
  ┗ クチのトンネルについて
3日目
  ┗ 午後 ホイアン市内視察
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