松島塾
松島を愛する人のための教科書
ベトナム見聞録

4日目 フエ市内研修
>>> 午後 フエ郊外地区研修へ
(2) フエ市内見学
*グエン王朝・・・阮(げん・グエン)朝の歴代皇帝の住まい(紫禁城)。高さ5メートルの城壁が1辺の長さ650〜700メートルで取り囲み、その外に内堀がある。1804年初代ザー・ロン帝期に建造。北京の紫禁城を模してつくられた。
料金US$5 6:30-17:30
 現在の建物は、ベトナム戦争中に破壊されたものを1970年に再建した。ヘリコプターで機銃掃射されたあとが床石、扉、大鏡にあった。壁面いっぱいの大きな鏡に弾丸のあとが突き抜けていた。床にはたくさんの弾痕がついたままであった。

*フエ王宮美術館・・・王宮から運ばれてきた美術品や皇族の愛用品が展示されている。戦争でほとんど失われたが、一部残された。
入場料2万3000VND(カメラ持ち込みにはUS$1または1万4000(VND)

*フエ省博物館・・・ベトナム戦争で使用された兵器を展示。アメリカ軍のミサイルや戦車。ベトナム軍のロシア製ミグ17戦闘機などが間近に見られる。建物は二つある。フエ省で発掘された陶器などを展示。もうひとつ、1966年2月のテト攻勢の際のフエ攻防戦の資料、写真を展示している。
料金 1万5000VND 7:00-11:00 13:30-17:00(日曜休み)

(3) ベトナム戦争体験学
1. ベトナム侵略戦争
・・・アメリカによる侵略戦争では、日本は在日米軍の基地、後背基地として使われた。この点での日本の責任はきわめて大きい。しかし、日本は憲法第9条によって自衛隊の海外派兵を許さなかった。韓国は最盛期5万人、のべ37万人のベトナム派兵を行った。その結果、現地ベトナム女性との間に子どもが産まれ、その子どもを残して立ち去った。2001年になって金大中大統領は公式に謝罪した。

***ベトナムは貧しいが識字率90%を越えている。かつての日本と同じく当分確実に成長を続ける底力をもっている。

***解放後、10年は「停滞と後退の10年だった」。社会主義体制下に組み込まれ、すべてのものが国有になった。生産物も国家に供出させられた。働いても働かなくても生産物は一度国家に供出しなければならないため生産が停滞した。労働に手抜きが出てきたのである。ところがドイモイ政策がとられてから以降急速に経済が発展しはじめた。それは、一定量の生産物を供出すれば、それ以上生産した場合は個人の所有にしてもよいということになったからである。市場原理を採用し個人の所有を認めた。これによって国外に出て行った人々がベトナムに戻り、海外で働いていたベトナム人がベトナムに次々送金するようになった。もちろん華僑も活動を開始した。資本を海外から導入することも始めた。これを「ドイモイ政策」という。

(4) フエ郊外地区研修
*グエン王朝のカイ・ディン帝廟・・・阮朝の霊廟、完成に12年費やした。チャウ山の上にある。ヨーロッパ風の建造物。カイディン帝像(玉座)の下に皇帝が眠っている。
料金 5万5000VND

*ホンチェン殿・・・大地の女神を祀った寺院。(マザー・ゴッテスの寺院)川の神、太陽の神をまつる社がある。
料金 2万2000VND

*ティエン・ムー寺・・・フエのシンボル的建造物。フーン川を見下ろす高台の上に建った寺院。1601年「この地にパゴダを建てれば国が繁栄する」という老婆に姿を変えた天女のお告げによって建立された。1844年に高さ21メートル七層からなる八角形の塔が完成した。各層にブッダの化身である仏像が祀られている。塔のてっぺんに雨水をうける水差しがある。水は幸福の源と考えられている。 ベトナムの僧は結婚せずに戒律を重んじ国を思い、焼身自殺してまでアメリカに抗議した。即身仏となって戦ったのである。

ベトナムの僧
***フエ郊外にはフーン川流域を中心に歴代皇帝の眠る霊廟が点在している。それぞれの廟が皇帝たちの生前の暮らしぶりや死生観を反映していて面白い。いろいろな価値観を持つ皇帝がいたこともよく分かる。

○トウ・ドウック帝廟・・・皇帝は蓮池で釣りをしたり楼閣で詩を作った。
入場料 5万5000VND

○ドン・カイ帝廟・・・9代ドン・カイ帝廟(規模は最も小さい)象や衛兵の石像に守られている。
入場料  2万2000VND

○ティエウ・チ帝廟・・・3代ティエウ・チ帝廟1848年塀を建てず、小さな廟にした。

○カイ・ディン帝廟・・・壮大な廟、12年かけて完成・ヨーロッパ風。フランス植民地時代のもの。

○ミン・マン帝・・・ミン・マン帝は自分の墓を設計した(天と地と水を表した三層の壇上の楼閣。皇帝の墓は三日月形の池をわたったところにある。
ボート往復  一人約2万VND   入場料 5万5000VND

○ホン・チェン殿・・・大地の女神を祀った寺院。本尊ホー・チェン。伝説では、チャム族の国造りの神様(ポ・ナガラ神)をまつるためにつくられた。
ボート往復一人約3万VND  入場料 2万2000VND


1. 「龍と鯉」
 ベトナムが、まだ中国やフランスの支配下になかったころ、皇帝が真の実権を持っていたころ、皇帝の廟は立派なものであった。建物やその装飾品は色彩で誰の所有物であるかがわかる。皇帝に建物は黄色が使われる。瓦や彫刻も皇帝のものであれば黄色を使う。高級官僚のものは緑を基調とし、平民のものはピンクを使用する。龍は王の象徴であり、王の龍は5本指である。王以外の人のために竜を描く場合は、位階によって、4本指、3本指、の竜を描く。鳳凰は皇后の象徴である。キリンや亀もまた縁起のよい生き物として尊ばれ各地に飾られている。シーサー(獅子)の彫刻もある。こうもりも繁殖生殖繁栄の省庁として尊ばれる。こうもりは母を意味する。鹿は父を意味する。屋根の水を樋から流すときに身分によって造作が違っている。どのような工夫がされているかというと貴族は鯉の口から水を出す。鯉にはひげがある。髭は龍と同じいきおいをもっている。だからベトナム中部地方では、鯉は食べない。そのかわり、髭のない草魚を食する。

(5) 「ベトナムの外国語学校の学生との交流」
 ホーチミンの母校の学生との交流が試験中ということでできなかった代わりに「外国語学校の学生」との交流が行われた。まだ3ヶ月しか日本語を勉強していないという。9月から新学期が始まるので新入生なのであろう。ノートにきれいなひらがなで質問事項を書いてきた。「あなたは何歳ですか」「あなたの名前はなんと言いますか」「結婚していますか」「子供は何人いますか」日本では女性の年齢を聴くということはあまりしないがこの国(ベトナム)では、必ず聞いてくるという。
  *グエン王朝のカイ・ディン帝廟・・・阮朝の霊廟、完成に12年費やした。チャウ山の上にある。ヨーロッパ風の建造物。カイディン帝像(玉座)の下に皇帝が眠っている。
料金 5万5000VND

*ホンチェン殿・・・大地の女神を祀った寺院。(マザー・ゴッテスの寺院)川の神、太陽の神をまつる社がある。
料金 2万2000VND

*ティエン・ムー寺・・・フエのシンボル的建造物。フーン川を見下ろす高台の上に建った寺院。1601年「この地にパゴダを建てれば国が繁栄する」という老婆に姿を変えた天女のお告げによって建立された。1844年に高さ21メートル七層からなる八角形の塔が完成した。各層にブッダの化身である仏像が祀られている。塔のてっぺんに雨水をうける水差しがある。水は幸福の源と考えられている。 ベトナムの僧は結婚せずに戒律を重んじ国を思い、焼身自殺してまでアメリカに抗議した。即身仏となって戦ったのである。
 「結婚して子供を持つことが一番の関心事なのだ」という。学生の中に小学校の先生だという若い女性が混じっていて、英語を流暢に話す。しかし、ベトナム発音でng・mgという音が歌うようにあちこちに入ってくる。しばらくするとみんなで歌を歌った。「幸せなら手をたたこう」をみんなで手をつないで歌った。最後に名刺でEメールのアドレスを教えると急いで若者たちは自分のEメールのアドレスを紙に書いてくれた。


4日目の宿泊地は3日目と同じ



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ベトナム見聞録
はじめに
1日目(ホーチミン市)
  ┣ ホーチミン市紹介
  ┗ ホーチミン市の交通事情
2日目
  ┣ クチのトンネル
  ┗ クチのトンネルについて
3日目
  ┗ 午後 ホイアン市内視察
4日目
  ┗ 古都「フエ」へ
5日目
  ┗ フエ郊外地区研修へ
6日目
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