松島塾
松島を愛する人のための教科書
ベトナム見聞録

4日目 ダナン・フエ
4日目…2002年12月27日(金)日程
専用バス
ホイアン ………… ダナン ………… フエ
                3時間  宿泊フエ

>>> 「午前」ダナン市内研修
(1)ダナン市内研修
「ダナン」・・・ハン川の河口に街が開けている。フエと共に中部観光の拠点となっている。ダナンは人口九十万人。喧噪の商業都市である。かつて、この一帯は、チャンパ王国の拠点として栄えた。

(2) ベトナムの結婚式
 日取りがよいようで、あちこちで結婚式があった。ベトナムの結婚式は二日にわたって行われる。客は総勢600人に及ぶという。花婿側の一族の式典、花嫁側の式、合同の式をそれぞれ行う。そのお披露目には莫大な金がかかる。5年分の収入全部を結婚式に当てる。だから簡単には結婚できないし、離婚もできない。日本のように成田離婚などということはまずないという。学校に行かない人の場合、男は20歳、女は、19歳ぐらいで結婚する人が多い。学校に行った人は、収入が安定してから結婚するので男は31歳、女は27歳くらいになって結婚する傾向がある。この国では「二人っ子政策」を採っていて、もし公務員で3人目の子供を生んだ場合免職になるのだという。
 ベトナムでは、男尊女卑の傾向がまだ強く女性が我慢していることが多い。男は仕事もせずにぶらぶらしている人が多い。誇り高い男たちが喜んでできる仕事が少ない。ベトナムの兵士になりたいと思ってもかつてのように150万人の軍隊のあったころなら誰でもなれた。今は30万人なので高校を出てもそう簡単にはなれない。建築家やエンジニアなどの仕事をしたくてもなかなかない。民間企業はできたとはいえまだまだ狭き門である。
 結婚式の車には赤いテープが張られ、赤いリボンが要所要所に大きなバラの花のように飾られている。結婚式の日取りなどは占ってくれる人がいてずいぶん前からこの日と決めるのだという。

(3) 地方都市の経済事情視察
 ダナン商工会議所にて地方レベルのドイモイ政策の評価を実態視察。レーニンのいう市場経済の中での社会主義の実現への新しい実験。
(貧富の差の拡大、官僚に対する莫大な利権の誘惑。これにどう取り組んでいくか。哲学と人間性が問われている。)

ベトナムの朝食
1.ドイモイ政策について
 ベトナム政府は現在のベトナムを社会主義と市場経済を結合した社会主義への第一段階と位置づけている。これはレーニンの提起した命題でもあるが、歴史上初めての経験である。一歩間違えば市場経済の波に飲み込まれ官吏の中に不正がはびこれば、自ら崩壊する危険を常にはらんでいる。ベトナム共産党の自浄能力と哲学の日常的実践のためされるところである。私的所有・経営が認められたことからボートピープルとなって亡命した華僑商人も戻ってきている。また海外亡命し、その地で成功した人々からの送金もふえている。ベトナム経済は矛盾を含みながらも躍進中でもある。
 ソ連はゴルバチョフのペレストロイカによって、政治改革から開始し経済的再建を実施しようとしたがそれは成功することなく崩壊した。ソ連の企業には自主的な再生能力はなかった。巨大な国営企業で働く人々はノルマを果たせばそれ以上の努力をするということはなかった。したがって競争社会の中で生き残ることは出来なかった。スターリン以来の経済政策のひずみが破綻した。レーニンの提起した市場経済の中での社会主義社会の発展という命題をソ連は解くことなく崩壊した。日本共産党は、ソ連は社会主義ではなく、社会主義だったとしても初歩的なもので間違いだらけであった。ソ連の存在自体が社会主義運動への諸悪の根元で、その崩壊は両手をあげて歓迎すると語った。
 ベトナムは中国と同様に政治改革については、慎重にしながら経済的にはドイモイ(刷新)の名によって私的所有並びに私的経営の公認そして外資導入を図り活性化した。
 ソ連が崩壊したとき、その援助と後押しによって成り立っていたと見られていたキューバが崩壊するのは、時間の問題だとアメリカは考えていた。ところが、キューバへのソ連からの支援が亡くなり、経済的に破綻するはずのキューバがあらゆる困難を乗り越えて、自分達のつくってきた「学校の制度・教育の無料化」「医療の無料化」「社会保障の制度」などを守るために国民が一致団結して今までの制度を守り抜いた。キューバもまた市場経済の中で、国内にアメリカ軍基地を認めながら独立を守り新しい社会建設を目指している。
 今、ベトナムとキューバと中国の動きが注目されている。市場経済の中ですさまじいまでの経済発展をすると同時に国内に貧富の差が極端に現れている。この矛盾をいかにして切り抜けるか。巨大資本の参入をいかにコントロールできるか、試されている。
 社会主義の優位性は社会保障制度の充実を第一に挙げていることであり、資本主義社会では自由主義と称し弱肉強食にまかせ、貧富の差がでるのを放置しているのに対し、社会主義は、最終的には所得配分の民主化を目標にしている。しかし目的と現実にはかなりのギャップがあり、生産を挙げることが出来ずにソ連などは、軍事力に予算を使いすぎ、生産を挙げることが出来ずに失敗している。社会主義に対する考え方も科学的社会主義といいながら決して科学的ではなく、個人崇拝を行ったり、ノルマ主義に陥ったり、個人の生産意欲をなくすようなことばかりしてきた。社会主義は、個人主義を経験し一人一人が個人として大切にされることを前提として社会全体の発展を考えるようになって初めて成功する。残念ながら個人主義がしっかり定着した上で社会主義を目指した国はまだない。ソ連にしても中国にしても資本主義の遅れた国であり個人主義はやっと理解され始めた段階で、社会主義を目指す国家体制に入った。そのために多くの誤りを経験し、ソ連などは社会主義を放棄してしまった。日本共産党は「ソ連は社会主義国ではなかった」という。「社会主義だとしても間違いだらけの社会主義でありそれも初期の段階のものである」と指摘した。そのためソ連から厳しい干渉が行われた。したがって、ソ連が崩壊したとき、日本共産党は「両手をあげて歓迎する」「これで社会主義運動の巨悪の一つが滅んだ」と語った。どのような運動でも自主独立であることが最も大事であろう。他から干渉されず、「自らも支援はしても決して干渉しない」その立場を守ることが出来れば21世紀には人類の夢が花開くかもしれない。しかし一歩間違えば、人類は核兵器や毒ガスや生物化学兵器などによるDNAへの影響による滅亡などの危機が常に身近にある。人類は、アメリカのように自分達だけが正義であるかのような振る舞いを許していては滅亡を早めてしまうであろう。

2.ダナンにおけるドイモイ政策の実情
 ダナンの商工会議所を訪問して所長・部長・課長以下たくさんの人々に会った。そこでダナンの実情をコンピューターなどを駆使して説明してくれた。立派なパンフレットを配布し、これからの壮大な計画を話て、外国からの融資を期待するというものであった。ドイモイ政策のことや社会主義との関係を聞くと「国の方針については国の偉い人(責任者)にきいてほしい」「自分たちは地方でできることに全力を尽くすだけです」という答えが返ってきた。インドシナ半島を横断する道路を建設しインド洋と南シナ海を直接結ぶ道路を作るという壮大な計画を実現しようとしている。これができると産業の発展は大変なものになる。ドイモイ政策は確かに進んでいるが、地方レベルでは自分たちが自主的に決めて行う政策ではなく国家的な観点で中央政府の決めたことを実施している段階であった。ドイモイ政策が地方レベルでも自主的に行われるようになったときベトナムは真にゆるぎないものになるであろうと思った。



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