松島塾
松島を愛する人のための教科書
ベトナム見聞録

2日目 ミトー・ホイアン
(2)クチのトンネルについて

 道が良くない上に無理な追い越しが多いから気をつけるようにと情報誌に書いてあった。道中の交通事故には注意という。たしかに狭い道路をかなりのスピードですれ違ったり追い越したりするが、それが当たり前になっているらしく特別誰も気にしていないようであった。現在どんな田舎でも道路の拡幅工事をしている。この道路が整備されたときベトナムは大きく変わるのだろう。
 クチ市街はホーチミン市の西方四〇キロ。トンネルはさらに北へ三〇キロの地点にある。クチのトンネルは、かつて南ベトナム民族解放戦線の地下基地であった。トンネルの入り口は一人一人がやっと通れるくらいの狭さである。入り口は石をおいてしまえば、外側からは、どこが入り口か全く区別がつかなくなるまして樹木の間で枯れ葉を乗せてしまえば見つけることは不可能に近い。そこまでしなければならなかったベトナム戦争とはどのようなものであったろうか。

 ホーチミン市からタンソニャット空港の脇を通り田園風景のなかに「民家の軒先にライスペーパー」の日干しがある。また水牛が草をはんでいる。

○べン・ヅオックのトンネル・・・入場料6万VND(観光用に少し拡張されてはいるが、腰をかがめなければ通り抜けることが出来ない。司令室・作戦会議室も質素。コースの最後は食堂で兵士たちの主食であったタロイモのサービスがある)

 *武器展示館(手製の罠などもおいてある)

 *射撃場(実弾射撃が出来る)

 *ベンズオック寺(戦死者を祀っている)

 *水上レストラン(サイゴン川に浮かぶ)


○ベン・ディンのトンネル・・・入場料3万4500VND

敷地はベン・ヅオックのトンネルより狭く施設も少ないが兵士たちの生活をより肌で知りたいと思う人には魅力的だという。このトンネルの名物の一つに女性の胴回りほどの小さな出入り口がある。ふとり気味の人は避けた方がよい。入り口は、知っている人以外は見つけることが出来ない。コースの途中にある大穴は、B−52の爆撃跡である。戦車は南ベトナム政府軍のもの。タロイモのサービスはここでもある。

タロイモと案内本には書いてあったが、タピオカだという。芋ではなく木の根で皮をはいで、加工して食べる。自然のものもあるが栽培しているのだという。なるほど実物は木の根であった。芋よりも歯ざわりが良く、味も上等であった。塩をちょっとかけて食べるとさらにおいしい。皿に盛られたタピオカがたちまちなくなった。

          タピオカ

 ベトナム戦争中には、調理するのはいつも夜だったという。なぜなら調理すると煙がでる、煙がでると米軍がやってきて見つかってしまう。だから煙の出口も人の住んでいるところからかなり離れたところまで煙突の出口を持っていく。煙突は硬い岩をくりぬき先の方は竹を差し込んで竹は腐っても穴が残るようにして煙りだしをつくる。穴のあたりがベトナム人の臭いがすると軍犬が鋭い鼻でかぎ出すので、アメリカ人の持ち物の臭いをつけてカモフラージュする。すると犬は吠えずに行き過ぎるのだという。

 *トンネル内はまさしく迷路。総延長250キロもあったという。トンネルの中から黒いものがいくつか飛び出してきた、小さなコウモリであった。米軍はトンネルを見つけると毒ガスを流し込む。そのために沢山の犠牲者がでたという。トンネルは狭いので大きな米軍兵士は中に入れなかった。

*トンネル内は温度湿度とも高く、メガネやカメラはすぐ曇る。腰をかがめて歩くため汗もかなりかく。荷物は少な目に、帽子は逆向きにかぶる。蚊もいる。多少暑くても長袖がよい。膝や肘をすりやすい。ガイドの説明は、映画だがリクエストすれば、日本語のビデオをみせてくれる。

*激戦地・クチのトンネルは、「平和の旅」という観点からは是非見たいところであるが、時間的な制約があるので体力と意欲の許す人たちの希望による特別企画とした。
ベトナムの人々は、日本の忍者が発明したようなしかけをすべて考えだし、実用に使った。落とし穴の下には竹槍が突き立てられていたり、罠を見つけてやれ安心と思ったとたんにそこには別のしかけがあったり、平和なとき見れば面白いしかけであるが自分が引っかかったら恐ろしいしかけだと思うようなものが沢山あった。
このようなものを二度と使わせてはならないと思う。それにしてもアメリカは細菌兵器や毒ガス、さらに莫大な弾薬を使いあちこちに大きな爆弾による穴があいたままになっている。それでも米軍はベトナムを制圧できなかった。ベトナム戦争の時に使った爆弾は日本製のものがかなりある。なにより証拠に日本の自衛隊の弾薬庫に貯蔵していた爆弾が一時期ほとんどなくなったことがあった。それも弾薬庫の勤務員を他県に出張させておいて、密かに運び出すという風に自衛隊の勤務員さえも何がなんだか分からないようにして運び出していたのである。日本の経済的繁栄は、朝鮮戦争とベトナム戦争という他国の犠牲の上に造られたものであることを忘れてはならない。

ホーチミン発 16:50の飛行機に乗ろうとすれば、空港まで出発時間の1時間前にはついていなければならない。往復4時間以上かかるので時間的に余裕がない。十分心して行ってほしい。



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はじめに
1日目(ホーチミン市)
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2日目
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