松島塾
松島を愛する人のための教科書
ベトナム見聞録

1日目 ホーチミン市
(1)ホーチミン市
 2002年12月24日、仙台発13:40 OZ151便で韓国の仁川(インチョン)空港に向かい16:10に到着した。ついで、OZ361便で仁川を19:50に立ちホーチミン市に現地時間23:50についた。時差が2時間なので日本時間では到着したのは午前1時50分、草木も眠る丑三つ時ということになる。ところがベトナムっ子は、眠っていなかった。真夜中なのにバイクの量が実に多い。二人乗り三人乗りのバイクがゴーゴー走る。
OZ151(ASIANA)     OZ361(ASIANA)
仙台 ――――――― 仁川 ―――――― ホーチミン
出発13:40     到着16:10    到着23:50(夕食は機内食)
         出発19:50      宿泊 ホーチミン市

※ベトナムと日本の時差は2時間。(日本は東のはずれ、一番早く朝が来る。したがってベトナムでは日本時間より2時間時計を遅れさせる。

※ホーチミン空港の入国審査…ホーチミン空港に着くと入国審査が行われた。審査官は、全員軍服(空港職員のユニフォームか)を着て肩には階級章が付いている。にこりともしない。ゆっくりゆっくり一人一人の名前をコンピューターに打ち込み、受け付ける。審査がすむとパスポートのあいだに書類をはさんでテーブルの上にポイと捨てるように投げる。マナーが良くないと思うがどの人にもそうしている。次の人を催促する。流れ作業でゆっくりと黙々と作業する。それでも日本の入国審査の3倍は、時間がかかる。彼らは、すべて国家公務員であろう。南の知識人や南の政権の官僚は、追放されるか国外に逃亡したという。現在、ドイモイ政策によって国内に戻ってきているのは経済人であって、昔の官僚や政治家が帰国しているということはまだ難しい。少なくともベトナムは社会主義を標榜し改革を行っている。政治も共産党を中心として展開されている。ベトナムの改革を邪魔するかもしれない人々が自由に出入りできる形にはなっていない。出入国の審査が厳重なのは当然かもしれない。

(2)ホーチミン市紹介
1.人口
  ……450万〜500万人ベトナム最大の都市。北部のハノイは政治上の首都。ホーチミン市は経済上の中心。1975年の解放以前は、ベトナム共和国の首都でサイゴンと呼んでいた。ドイモイ(刷新)政策以来ホテルやレストランが次々とオープンしている。
 道路工事が半端でない。家が立ち退きになり、道幅が倍に広がっている。田舎道でもどこでも道路が造られている。巨大なブルトーザーやショベルが作業をしている。この作業をしているのはベトナム国軍の兵士である。平和なときの軍隊は国土建設隊ということになる。だからベトナムの軍隊は国民にとって評判がいい。就職難でもあるため今やベトナムの軍隊にはいるのは狭き門なのだという。近代兵器を駆使するため高校以上はでていなければならず進学熱も高くなっているしかし小学校の数は絶対的にまだ少ない。だから二部授業三部授業をしているところも多い。このことは「ホイアンの小学校訪問」の項で詳しく述べたい。

2.プチ・パリ
 ……ホーチミン市は東洋のプチ・パリと呼ばれ、ベトナムのエッセンスがつまっている。街並みは19世紀以来にフランス植民地時代の面影を残している。ホーチミン市は元「サイゴン」といった。「サイゴン」とはクメール語で「カポックの生える場所」という意味だという。クメール語とは、カンボジア語のことである。この「カボックの生える場所」ということばをベトナム語に置き換えると「サイゴン」という言葉になる。カポックという木はホーチミン市の市内に並木道もある。葉先が人の手指のように分かれている木だ。

3.旅行者の集まるところ
 ……ドン・コイ通り、グエン・フェ通り、ベン・タイン区には、旅行者の集まる高級ホテルやレストランが並ぶ。

4.安宿街
……安宿街はファム・グー・ラオ通りのある一区とチャイナタウンのあるチョ・ロンで、五区にある。

5.見所
……ホーチミン市の見所は、3と4に集中している。

6.タクシー
……現在はメータータクシーが普及しているが、シクロやバイクタクシーのように乗る前に料金交渉を必要とする煩わしさがなくなったという。市内バスもベン・タイン市場−チョロン間などは運行している。(中国寺院が沢山あり、ここでは漢字がベトナム語より幅を利かせているかのごとくである)

7.シクロ
……名物のシクロに乗ってバイクの流れにそって混じって走るのは得難い体験だという。但し、料金のトラブルのないように乗る前に料金を確認しておくべきだという。

シクロ

8.治安
 ……ホーチミン市の治安はけっしてよくない。旅行者は盗難の対象としてねらわれていると見て間違いない。
 最も危険なのは、人が沢山集まり混雑しているドン・コイ通り(旅行者が一番多い)平然と人のものをひったくり逃げていく。ハンドバック、高級カメラなどは特に注意されたい。親しげに話しかけてきて油断した隙に財布をする。人前で財布の中身を見せてはいけない。シクロやバイクタクシーの料金トラブルは日常茶飯事。
 ホーチミン市は「盗みの街」というありがたくない異名もある。とくに、「夜の公園」(市民文化公園など)「サイゴン川沿い」「ドン・コイ通り周辺」「ファン・グーラオ通り」「ベン・タイン市場」「四区周辺」「ニューワールドホテル近辺」で事件が多い。
 筆者がホテルの玄関前でニコンのカメラを持ちバイクの二人乗り三人乗りを撮そうと思ってぶらりと出かけたところホテルのボーイが走ってきた。ボーイは「ピックアップ」といってカメラを取り上げる仕草をした。バイクに乗った連中にカメラをひったくられることを心配して注意してくれたのである。

9.ファミリー
 ……徒歩での夜の外出は、控えめに、出来ればタクシーを上手に利用してドアtoドアで行動すると安全だという。トウ・ティエム地区などに行くのならガイド同伴で行くこと。
 トウ・ティエム地区は、市街から見てサイゴン川の対岸にある。外国企業の看板が立ち並ぶ川岸の内側に小さな民家が川に沿うように密集している。旅行者向けの施設はなく英語もほとんど通じない。
 日本人は自分では貧乏旅行をしているつもりでも、カメラ・ビデオ・時計さらにドルを現金でもっている。こんなおいしいカモはそうざらにはない。一人でベトナム人の一年分の収入分ぐらいポケットの中に押し込んでいる。ベトナム人の一ヶ月の収入は公務員で8000円くらいだという。
 実際の生活は2万円ぐらいかかるともいう。その差はどうして補えばよいのか。アルバイトしかないという。日本人がベトナム価格で生活することは難しい。特に留学生などがベトナムの物価を計算して、これなら3年生活できると思っても実際は半年も持たなかったという報告がでている。
 この国ではすべて二重価格で外国人は仲間・家族と認められない限り安く買うことも難しいという。家族と認められるようになると今までとは全く変わるという。ファミリーとして認められると言うことがベトナムで生きていくには一番大切なことだという。
 特に商売をしようと思ったらファミリーとして認められなければやっていけない。その組織が越僑(ベトきょう)であり、中国系の場合には華僑なのである。
 ベトナムでは、外国人をかってに泊めたりすると公安(警察)ににらまれるので一般家庭では宿泊させてくれないのだという。新しいホテルが次々と立つ。外貨獲得のためでもあり国策でもあるのだろう。

10.公共料金
 ……公共料金は二重価格。ベトナム価格と外国人価格がある。この国でものを買うときには、必ず値踏みをしないとソンをするという。最初に言ってきた値段の半分以下が正規の値段だという。



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はじめに
1日目(ホーチミン市)
  ┣ ホーチミン市紹介
  ┗ ホーチミン市の交通事情
2日目
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  ┗ クチのトンネルについて
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  ┗ 午後 ホイアン市内視察
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